AM2:21

深々と、思うことを

自分を捧ぐ


私が大切に思う人々が

もし苦しんでいるとしたら、

もし辛い思いをしているとしたら、


私が代わりたいと思う。


自分が代われることで

大切な人たちが元気で幸せでいられるなら、

自分が犠牲になってもいいと思う。


これは愚かな考えなのかもしれない

偽善とも捉えられるかもしれない。

でもこの思いが自分の中であまりにも強すぎて、存在を否定できない。

客観視すらもできない。


きっと「正義」「神愛」なんて大層なものなんかじゃない。でも、間違いなく「これ」は此処にある。



自分という存在はたった1人だけで、

自分の人生は、自分のものでしかないのに。



でもだからこそ、

自分の思い通りに出来てしまうのか。

自分の思うがままに費やせてしまうのか。


私は「これ」がある限り、きっと大切な人たちの為なら何だってするだろう。



もし、私の大切な人たちの中で「私の死」を望んだとしても。